2026-04-01から1ヶ月間の記事一覧
詩篇28篇ではまずは「主は私の神」であると、信仰の土台をあらわしています。けれども8節からは「私」から「あなたの民」へと、視線が広がります。海外から宣教チームが教会に来てくださっています。 私は自分の祝福だけでなく、自分の教会だけでなく、世界…
詩篇26篇これまで、主の恵みを目で確かめ、目で追い続けて、主を信頼して歩んで来ました。これからも、この恵みを感謝しつつ、悔い改めつつ、主の赦しのみわざを人々に語ります。 私は主を愛し、教会を愛し、誠実に忠実に歩みます。罪ある私をサタンは誘惑…
昨日の礼拝での讃美、 御国に住まいを備えたまえる主イエスの恵みをほめよたたえよやがて天にし喜び楽しまん君にまみえて勝ち歌を歌わん 夫の告別式で歌われたような気がしますプロジェクターの歌詞(日・英) の二番に英語でプリグリム パスウェイ と出ている…
御国、天国とは、死んでから行く場所ではなくてどんな場所、環境、状況の中でも 主がおられるところ、主との霊的な交わりが天国です。 悲しみ尽きざる 浮世(うきよ)にありても 日々主と歩めば 御国の心地す ハレルヤ! 罪 咎 消されしわが身は いずくにあり…
詩篇24篇 海に地の基を据え、また、もろもろの川の上に、それを築き上げられた。 つまりは、地は「水」の上に造られた。創世記の部分と重なる。 創造主は、茫漠として不安で無秩序の上に、秩序の確かな世界を据えられた。 入って来るのを待ち望んでいる方は…
ゲッセマネでの イエス・キリスト の恐れや苦しみは、単に「死ぬこと」や「十字架の上での肉体的な痛み」に対するものだけではなかったのではないかと思いました。 天地創造の初めから、常にともにおられた父なる神。その神との完全な交わりの中におられたイ…
倣う=イ+放 「イエス様に倣う」とは、ただ教えを“習う”ことではなく、そのお方の生き方そのものに似せられていくことである。 「倣う」という字にある「放つ」という響きから、自分の内にある自我や自己中心のしばりから解き放たれ、神に向かって開かれてい…
詩篇21篇 前半では、主に信頼する者に与えられる喜び・楽しみ・豊かな恵みがあふれている。 主は祈りに応え、いのちを守り、栄光と尊厳を与え、その臨在の中で大きな喜びを満たしてくださるお方である。 後半では、主に敵対する者に対する主の義なるさばき…
マルコ5章26~34節から教えられたこと 礼拝の中で「主にあって愛します」と握手をして挨拶する時、牧師のように、手先だけでなく身体全体から喜びや励ましが伝わってくる兄姉がおられます。一方で、驚くほど何も伝わってこない場合もあります。 私はこれまで…
コリント人への手紙 第一 1章1~2a節私は永遠の滅びの中に死んだような生き方をしていました。 しかし、神のあわれみによって、贖い主、イエスを世に遣わしてくださったことを信じて救いにあずかりました。 一方的な恵みによって召し出してくださり、キリス…