ハレルヤ 喜び、喜びおどろう 2

gooブログから来ました。聖書のことばを中心に、あふれる思いをまとめています

詩篇30篇から 祈りの声をあげましょう

詩篇30篇
2回出て来る「恩寵」は、田舎の教会を訪問した時、ご高齢の牧師の口から聞いたことがあるような気がしますが、新改訳では3回しか出て来ない言葉です。
神が特別に目をかけて愛する関係の深さを表わす言葉と言えます。

「私の山を強く立たせてくださいました。」私の山とは、動かなくて安定している状態。ゆるがない、立場・守り・平安があるように神が支えておられる。

「あなたが御顔を隠され、私はおじ惑っていましたが」主を見失うと、人の心はすぐ揺れるものです。

 

昨日聞いたカマル君の話です
かつて、大怪我をして医師には手首から切り落とさなくてはならないかも知れないと言われた。
しかし、奇蹟的に手術の後、回復した。この手はこれからは神のために用います。
この手を挙げて神を讃美し、手を使って神に仕えますと。

プレイズ ザ ロードと言ったのかな、私も一緒に手を挙げました。
神の「恩寵」を受けた者の感謝の叫びを共有しました。

 

アメリカでの結婚式に出席するために教会の人たちと行って、ホームステイをさせてもらった家のご主人に「祈ること。クライすることが大切だ」というような事を言われました。 
まだ私が信仰を始めて2年くらいだったでしょうか。 
平安だ、楽しい、嬉しいと、幼子のような私を見て、言われた言葉かも知れません。その時はピンと来ませんでした。 

 

その後、色々と経験をしてきて、少しは大人の信仰者に成長しているかと思うが
 「自分は成長した。なかなか良くやっている。平安だ」と、一人で喜んでいては危険です。 

むしろ、御顔を遠く感じている時期にいる教会員に、「主よ、御顔を隠さないでください」と祈りの声を上げるように励ましましょう。
 
「神様はどんな状態であっても、変わらず私達を見ておられて、支えてくださっていますね」と、ともに讃美と感謝の声を挙げましょう。