ワレモコウのような唐糸草 からいとそう
昨日の午後、花子さんから「外は暑いからデパートの中を散歩する」と聞いたので、私も夕方から出かけました。
そこで観たのが、「フロントライン」という映画。
5年ほど前、コロナが日本に上陸した直後、横浜港に停泊した大型クルーズ船の中で活動した災害医療チームDMATの実話に基づいたもので、最後の一人が下船するまで、必死で闘った人たちの記録でした。
映画の中で、ある医師が聴診器を使って患者を診る場面が映され、それを見ていたら、あることを思い出しました。
それは――
夫がいよいよ最期に近づいた時のこと。
身体はもうほとんど動かず、声もかすれて出ない。
それでも、何か伝えようとしてくれる夫の言葉を聞きたくて、私は厚紙で即席の拡声器を作ったんです。
まるで野球の応援団みたいな形で(笑)、酸素マスクを外して、なんとか聞き取ろうとしました。
その様子を見た訪問医の先生が、ある日ピカピカの聴診器を持ってきて貸してくださったんです。
「酸素マスクをつけたままでも聞こえると思いますよ」と、笑いながら。
その優しさとユーモアが、今でも心に残っています。
実のところ、そのどちらの道具も、会話を劇的に改善してくれたわけではありません。
でも、そこにあったのは、あきらめない心と、共に歩もうとする愛の姿勢でした。
そしてなにより、「越えられない試練は与えられない」という神の約束が、
静かに、しかし確かに支えてくれていたのだと、今になって思うのです。
歯を食いしばって越える試練ではなく、
神様が備えてくださった平安の道を、
あるがままの歩調で歩む道だった――
そんな風に感じています。